それは、いつもといたって変わらない、うっとおしい朝だった。





一撃殺グッドモーニング





『あら〜、ご丁寧にどうも〜』

朝っぱらから人様の家のインターホンを鳴らした訪問者を、丁寧にも相手しているのはおかーさん。 あたしにも遺伝されている、良く通る高めの声が、玄関のほうから響いている。
めっきり朝が弱いあたしにとって、食事は半睡眠状態で行われるのが常で。
目が開いてるんだか閉じてるんだかわからない状態で、それでも確実に手は口におかずを運ぶのだから、人体とは不思議なものである。(違ッ)

「おはよ」

冬馬君、起床。
ウチの高校よりも30分近く始業時間が遅い高校に通う冬馬は、起きる時間もあたしより当然遅いワケで。
あぁ、千城[チシロ]の始業時間が他より遅いと、もっと早く知っていれば……!

『あのコったら全然そういう話してくれないのよ〜』

「何? 誰か来てんの?」
箸を動かしながら、無言で頷く。
「母さんやけにテンション高いし。誰?」
確かに。と心の中で同意しつつ、首を横に振って質問に答える。
「……聞くだけ無駄か」
「……」
ため息まじりで失礼なことを言い放つ冬馬に言い返さないのは、これただ朝だから、という理由に尽きる。
「ホント朝弱いよね、香月」
「……しょぅがなぃじゃない」
早くも栄養が行き渡ったのか、多少クリアになってきた頭を働かせてボソボソと言葉を返す。その割にはたいしたこと言ってないけど。
目も朝の光に慣れてきたのか、ようやく開いてきた。
「いつもこうなら楽でいいのに」
「……うっさい」
「ま、神経回路だけじゃなくて頭の回転まで鈍くなってるから、それはそれで面倒だけど。……ハイ、お茶」
朝から散々じゃないか? いつものコトだけどさ。
あぁ、でもお茶うまい。

『ちょっと待ってて下さいね』

小走りなスリッパの音が近づいてくる。何、宅配便かなんかだったの?
「ちょっと香月香月!」
ひょこっと出入口から顔を出した母親は、なにやら目を輝かしていた。
それはもうキラキラと。
「ナニ?」
あぁ、この笑顔。冬馬、アンタのアレも遺伝だったのね。
「彼氏がお迎えよっ!」
……。
……。
……。
……は?
「香月にそんなものいるわけないし」
あぁ、冬馬、ナイス冷静さ! むしろその微妙なトゲも流しちゃう!!
「やぁ〜ね〜冬馬、お姉ちゃんとられちゃうのがイヤなのはわかるけど、お姉ちゃんもそういう年頃なんだから」
いやあの、お母さん? 冬馬ちゃん、眉間の皺一気に3割増になっちゃったけど。
「なんで俺」
「んもぅ、彼氏がいるならいるで、お母さんに一言言ってくれたっていいじゃないの! あぁ、お父さんには言わないほうがいいわよ? 倒れちゃうかもしれないから。時期とタイミングがやっぱり重要よね? でもでも、お母さんは香月の味方だから安心してね! でもさすが香月! イイ男掴まえたじゃない! お母さんももうちょっと若かったら好きになってたかもしれないわね〜。って、何言わすのよこの子ったら! お父さんにはナイショよ、ナイショ!」
ポーっとするわ、キラキラするわ、照れるわと、器用にコロコロ表情を変えながら、しまいには人の背中を思いっきりはたく始末。
た、高い……テンション高すぎるよおかーさん。
てか冬馬を遮って喋り倒すとか、あたしにはコワくてできないから!

「ヤダ、まだゴハン食べてたの? なら上がって待っててもらいましょうか、岩代君

ゴドッッ
ハイテンションな母の口から滑るように出たその名前に、バラエティ番組で落とされる金のタライよろしく、あたしは持っていた湯のみを手元から落とした。
……誰か、この耳の穴塞いで下さい。や、いっそ、奴をこの世から抹殺して下さい。あたしが許すから。
などと、脱力しかけていた、その時。

「……あの野郎か」

ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃ!!
なんか揺らいでる! どす黒い何かがアナタの背後で揺らめいてますからっ!!
それこそズゴゴゴゴゴ、という耳には聞こえないある種の効果音を背負いながら、ゆらりと立ち上がった冬馬の目は、もぅ直視したことを泣いて後悔したくなるよーな、この世の終わりを湛えているかのような目をしていた。
と、とりあえず、できうる限り早く、この場所から奴を追い払わなければ!!
「あ、あああああああたし、今すぐ、もうほんとコンマ3秒とかそんな速さで準備するから、だから上げなくていいからっ!!」
だからおかーさんは冬馬を抑えていて下さい!!
弟を犯罪者にするのを防ぐため、そして何より冬馬の放つブラックオーラから身を護る為、朝だというのに強制的に脳ミソフル稼働でそれだけ言うと、支度をすべく洗面所へと向かう。

『照れちゃってもぅ、いいわね若いって。……あら、冬馬、どこ行くの?』
『害虫駆除に』
『いいこと冬馬?
人の恋路をジャマする子は、お馬に蹴られてケガしちゃうのよ? だからダメ』

……。
何か聞こえた気がしなくもないが、激しく幻聴の方向でひとつ。
アノヤロウ、この恨み、万倍返しで晴らしてくれるっ!!


*     *     *


「おはよ。香月」
「……ほら、香月! ちゃんとご挨拶なさい!」
教室で見せているような、エセくささ大爆発の爽やかモデルの笑顔を振り撒いて、奴は門のところに立っていた。
出たな、諸悪の根源。
「ゴメンなさいねぇ、岩代君。この子ったら朝本当に弱くて」
冬馬が見せる例の笑顔そのままに、けれど悪意なく普通の笑顔としてそれを使っているお母さん。
「いえ、オレが突然お邪魔したせいですから」
ホントにな。
てか誰だよオマエ。人のこと散々猫っかぶりだなんだって言ってるクセに、オマエのそれは違うのか?
うわ、なんかどこからか流れ出てる殺気が濃くなってんだけど。
って、あ。
なるほど、お母さんがさっきからわざわざ玄関のドアを閉めてその前で対応しているのは、後ろにブラック全開の冬馬が控えているせいか。
……なんか、泣きたくなってきたかも。あたし。
「じゃ、ほんとお待たせしてゴメンなさいね。香月のことよろしくお願いします」
いや、よろしくされないから。しかも学校行くだけだっつーに。
「お預かりします。じゃ、香月」
「……」
これ以上ココに奴を置いておくと、本気で冬馬が何をするかわからないので、あたしも渋々奴の元へと移動する、が。
「あ、お姉ちゃん」
「?」
振り向いてあたしが見たものは。
『が・ん・ば・っ・て・ね』
という、ありえない、そしてわかりやすすぎる口パクで。
「……おかーさん」
「ん? な〜に?」
「帰ってきたら、家族会議しよう。あたしと冬馬とお母さんで。ゆっくり、じっくりと」
誤解を解くために。
そう続けようとした言葉は、目の前の人のやたら明るい声に呑まれた。
「そうね! 冬馬のことはお母さんに任せて!」
ダメだ……この人の頭、桃色電波の津波が来てる……
冬馬。おねーちゃん、挫けそうです……
「行ってきます……」
内心でだくだくと涙を流しながら、それでもかろうじて外には出さずに、あたしは門を出たのだった。

「ハイ」
言って、目の前に差し出されてきたのは、あろうことか奴の手。
何? 何なんですのコレは? あはははは、お手でもしろってか?
……死にさらせっ!!
本来ならば、この場でその無駄にいいツラ踏み潰してやりたいのだが。
いかんせん、ココは外。しかもご近所。
怒りにまかせて暴れれば、翌日から、

『見まして奥様? 逢沢さん家のお嬢さん、綺麗な顔して実は……』

なんてウワサがオバチャンらの口にのぼるのは必至。
奴はそれすら計算づくなのだ。これが悪でなくて世の中の何が悪だというのだ!!
あぁぶっとばしたい! でも出来ない。堪えろ、堪えるんだあたし。
でもだからと言って、奴の思うがままに進めてなるものか。
幸か不幸かコイツの訪問のせいで、朝の割には脳ミソ回転してんだからっ!
決意を固め、あたしはニッコリと冬馬直伝エンジェル・スマイルを装備する。

「あら、コレ何かしら岩代くん(調子のってんじゃねぇぞ、コラ)」
「せっかくだし、また手でも繋ぎたいなぁと思って」

ピキッ

「誤解されるようなコト言わないでくれる?(あの時勝手に掴んで離さなかったの誰だ)」
「またまた。照れちゃってカワイイね〜」

ピキピキッ

「あと、家に来るのもやめてもらえる?(むしろ拒否反応で鳥肌)」
「香月チャンのおかーさん、おっもしろいな〜?
しかも何? 妙なオーラ放ってたの、あれウワサの弟?」

ぶちっ

……何かが、ぶちぎれる音が聞こえた。
バコッ
「ぶっ」
振り上げたカバンは、あらタイヘン。奴の顔面に直撃する。
突然の衝撃に、その場にしゃがみこむ岩代泰真。
そこに。
ゴンッ
「〜〜〜〜〜っっ!?」
その衝撃に、か弱いあたしの握力もどうやら耐え切れなかったらしい。
手からすり抜けたカバンは、奴の後頭部にまっさかさま。しかも、角。

偶然って、コワイと思いません?(ニッコリ)

「あら、ゴメンナサイ? まさか肩凝りほぐすのに腕回したら、顔にカバンが当たるとは思わなかったの」
多少かがみながら、それでもサラリと言ってやる。
所詮声までは周りには聞こえまい。どこをどう見ても不慮の事故、しかもマヌケな少年を心配している、可愛らしい美少女にしか見えまいて。
ふふん、ざまぁみろ!
「おま……」
生理的な涙で潤んだ目が、じろりと向けられる。
いつもなら、ムカつくことにあたしが見上げる立場だから、奴のほうが見上げてくることなどめったにない。
はっはっは、たまには見下ろされる気分も味わいやがれ!

そう思い、そのまま奴の目から視線をそらさなかったのが、そもそもの間違いだった。


歪む、口元。


ぞわり、と背を駆け抜ける悪寒。


奴と対峙した経験から、あたしは慌てて身を起こそうとするも、時すでに遅く。
首の裏に触れた生温かい感触が、奴の手のひらだと知覚した時には──


「ゴチソーサマ」


……………………

「今日来たのは、実は誕生日プレゼント渡そうと思ってさぁ。
ほら、香月チャンの誕生日7月でしょ? オレまだコッチ来てなかったし?」

………………

「3ヶ月遅くなっちゃったけど、まぁ今ので遅延代金もチャラってことで。3日で合ってたよな?」

…………

「あ、ちなみにオレの誕生日2月だから。おんなじの、期待してるぜ、香月チャン?」

……っっ!!


「いぃ〜〜わぁ〜〜しぃ〜〜ろぉ〜〜っっ!!!!」


何をされたかは、あえて言うまでもなく。
合掌。



( Happy Birthday,Kaduki ! )





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お題配布元 // にびいろ

06.02.06



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