オレを見つけた彼女の顔は、それはそれはすんごい崩れようだった。 それこそ、おいおい此処人前だぞ? とこのオレが心配するぐらいに。 ま、彼女のキレーなお顔のどこがどう崩れてたかなんて、見破れるのはオレくらいしかいないだろーけどサ。
thanx
「奇遇だね〜香月チャーン?」 「バジーお腹すいた? じゃぁ帰ろう、今すぐ帰ろう」 しかと目が合ったというのに、ニッコリと、まるであの弟そっくりの笑顔を浮かべて足元の小さな犬に話しかけ、即座にUターンする香月チャン。 予想を裏切らないリアクションありがとう。 でも、甘い甘い。そのくらいで大人しく踵を返すオレだと思ってるワケ? 「……へぇ、街でバッタリ会ったクラスメイトに挨拶もナシで引き返しちゃうワケだ、ウチの正委員長サンは?」 オレの嫌味タラタラの言葉に肩をピクリと震わせる彼女。 なんだかんだ言いながら、反応してくれちゃうんだから、愛されてるよなぁ、オレ。 しかしさすがの香月にも学習機能が備わっていたのか、はたまたあのお姉ちゃんダイスキ冬馬チャンの入り知恵か。 言い返すこともせず、そのまま足を進めようとする、が。 ビンッと、その右手から伸びるリードが棒状に引っ張られる。 「バジィ〜〜〜〜〜!! この裏切り者ーっ!」 そこで短い足を突っ張って帰宅を断固拒否しているのはワンコのほう。 短いシッポをぶんぶんと左右に揺らして、それでも体を突っぱねている。 「そうだよな〜まだ帰りたくないよなぁ、バジー?」 すかさず仔犬の隣にしゃがみこみ、頭から背中のラインを撫でてやる。 するとどうだ、オレのほうに顔をむけ、鼻っ面を押し付けてくる。これぞ人徳! 「お〜カワイイカワイイ」 抱き上げてそろりと彼女の顔を見上げれば。 浮かんでいたのは、頬を微かに赤くさせ、眉間に皺を一本刻んで睨みをきかせる表情。無論、頬が赤いのは怒りのため、だ。 調子に乗って、ワンコを抱いたまま立ち上がり、口の端をつり上げてほくそ笑んでみる。 もちろん、「犬は預かったぞ」という無言のメッセージを背負いながら。 すると。当然。 「離せコラ! バジーに腹黒がうつる!!」 などと、口の悪い本来の口調で詰め寄ってくるのだから、毎度のこととは言え面白いことこの上ない。 にしても、ある程度頭に血が上ってても、辺りの喧騒に紛れる程度の声量に抑える配慮は怠らないというのは、相変わらず打算的というか、外ヅラ至上主義というか。 メンドくさいだけだと思うけどね。オレにしてみたら。 「ちょっと、シカトなんていい度胸してんじゃないの……!!」 先に自分が完全なるシカトを決め込んだことはすっかり棚にあげ、グイっと近づく彼女とオレの距離はほとんどないと言っていい。 「あら、至近距離♪」 「言ってろ馬鹿」 「へぇ、この距離ならちゅーでき……」 ずざざっ! と、効果音が聞こえるくらいの勢いで飛びのく香月チャン。 性格捩れまくってるくせに、こーゆう反応だけは素直なんだから、なんていうかホント。 堪えきれずに肩を震わせれば、「笑ってんじゃないわよ、このセクハラ腹黒男!」と、つり上げられた大きな目が口の代わりに怒気を伝えてくる。 オレはそれを重々承知の上で、あえて人好きのする爽やかな笑みを浮かべる。 「犬、飼ってたんだ? 何度も家行ってる割に、知んなかったな、オレ」 何のためかと聞かれれば。 それは当然、更に香月チャンをからかう為だっだりするワケで。 「……(黙秘!)」 しかし、そこは『逢沢香月』。オレの魂胆に勘付かないほど、頭の回転は遅くない。 少しでもオレの愉しみが薄れるようにと、無視を決め込む。 ……ま、それもムダな努力ってヤツだけどね? 「なに、毎日この辺散歩してんの? あ〜残念、オレん家結構離れてんだよなぁ。 香月んとこみたいに住宅街じゃなくて昔っからある家だからさ、やたらただっ広いとこにあるし」 「……(知るか。つーかウチ知られてることが不愉快だ!)」 ヒマさえあればチョッカイを出していたせいか。 最近になって、わかってきたこと。それは。 「にしても日曜にバッタリ会っちゃうなんて、何て言うか、そう……運命的?」 「……(死ね、今すぐ死ね、即座に死ね!! その季節先取り春色思考回路どーにかしろっつーの!)」 コイツは、気づいてない。 黙ってようが澄ましてようが、本音を伝える些細なアクションが、外に出てるってことに。 視線とか、指先とか、口元とか。それは本当に些細なものだけど。 それと、もうひとつ。 オレからしてみたら、その仕草は香月の思考を覗くのに充分なものなんだってことに。 他人の観察力はピカ一のクセして、妙なとこがぬけてるからな、コイツ。 なんとなく、あの弟クンの気持ちがわかってきたわ、オレ。……って、一番問題視されてんのって間違いなくオレだろーけど。 いつだかの『宣戦布告』が脳裏を掠め、オレは思わず小さく喉を鳴らして笑った。 「……なに笑ってんのよ?」 ワザとらしく造っていた表情が崩れたせいか、彼女は訝しげな視線をよこす。 「や、別に。ちょっと思い出し笑いしてただけ」 「うわ、ムッツリかよ」 「な〜にか言ったかな、香月チャン?」 ボソッと吐かれた暴言に笑顔で詰め寄れば、慌てた様子で身を引く彼女。 たるんでいたリードが一気に直線に近い形になる。 本当に、何回やってもいいリアクションだこと。 だが、直後。 「……いい加減、バジー離してくれない?」 再び一定の間合いを保ちながら、いきなり改まった口調になる彼女。妙だ。 「それに、そちらもデートの相手がお待ちかねじゃなくて? 岩代くん」 そう言って、彼女が視線を向けたのは、オレの背後。 そこには。 「お待たせ致しました、岩代様。コチラになります」 目の前の花屋からエプロン姿で花束を持ってきた、店員の姿。 オレはしゃがんでワンコを解放し、その花束を受け取った。 「あ、ども」 「有難うございましたー」 軽く会釈をすると、その店員はすぐに店へと戻っていった。 店員が店に戻ったのを確認するや否や、発動していた女神スマイルをひっこめて、別の笑顔を貼り付ける彼女。 それは、会って早々に見せた、ニッコリという表現がピッタリの、あの笑み。 「……『何かと話題の転校生・岩代泰真、誕生日に花束持参で極秘デート!』 コレ、新聞部が飛びつきそうなネタだと思いません?」 顔だけ見ればカワイイものを、口をつくコトバはえげつない。 姉にしろ弟にしろ、笑顔の使い方間違ってねぇか、オイ。しかも弟直伝か、それは。 とはいえ、過去の一件で、新聞部の迷惑極まりない行為の数々はまだ記憶に新しい。 ここでそんなネタ売られたら、正直明日からのオレの学校生活は灰色の日々だ。 にも、かかわらず。 オレは、普段教室で見せているものとは正反対の笑みを浮かべた。 「……何よ」 起死回生の一撃のはずが、まったく堪えた様子を見せないオレに、やや憮然として問いかける彼女。 「香月チャン、残念だけど、それ誤解」 「そんなんじゃ誤魔化され」 「コレ、母親にあげんの」 「……は?」 予想外の言葉だったのか、小さく首を傾げる彼女。 オレは笑いを噛み殺しながら、言葉を続ける。 「ウチの習慣っていうか。『生んでくれてありがとーママー』ってかんじ? ウチの母親ピンクのチューリップ好きなんだよね〜」 「……じゃぁ、」 「惜しいねぇ〜香月チャン。残念ながら、ガセネタじゃアイツらも喰いつかないんじゃない?」 努めて軽〜く言い放った言葉は、それでも彼女をつき崩したようで。 大きく肩を落としたその様子からは、明らかに落胆の色を見てとれた。 ……でも、それだけじゃ〜すまさないのがオレなんだよな。 「や〜、まさか香月チャンがオレの誕生日覚えてくれてたなんて、知らなかったな〜」 「なっ……! あたしの優秀な頭が! 一度記憶したことを忘れるなんてしないだけよっっ!!」 おーおー、動揺してる動揺してる。本性出てるよ、香月チャン? 「へぇ、でも一回記憶したワケだ?」 「!!」 「あ、それは愚問かぁ。オレと香月チャンの仲だもんねぇ?」 「〜〜〜〜アンタねぇ、」 「愛されてるなぁ、オレ」 頬に手を当てて「キャッ」とか言いながらくねくねしていると、並々ならぬ怒気と共に無言で繰り出される右ストレート。 もちろんそうくることは予想済みのオレは、普段どおりに軽くそれをかわした。 ……の、だが。 シャンッ 「「あ」」 握りこぶしは、花束を覆う透明の包み紙を掠めた。 「凶暴だな〜相変わらず。手、見してみ?」 「や……あの、」 「……よし、切れてない。お前さ、一応『品行方正』謳ってんなら、所構わず右ストレートは止めろって」 すぐさま掴んだ右手に傷がないことを確認したオレは、すぐにその手を離す。 調子に乗っていつまでも握ってると、ま〜た手が出てくる可能性大だし。(実証済) 「……」 けれど、手を離しても一向に喋ろうとしない彼女。 「? 香月チャン?」 不思議に思ったオレが、俯き加減のその顔を覗き込もうと、身をかがめた、その時。 ガバッとその場にしゃがみこんだかと思うと、すぐにその場に立ち上がるという、奇行に走る香月チャン。 「へ?」 何、なになに、スクワット? 「ちょっとバジー見てて」 疑問符を浮かべるオレなどまたも見事にスルーして、握っていたリードを押し付けるように手渡した香月は、店へと入っていってしまった。 ……そう、さっきオレが花束を作ってもらった、すぐそこの花屋へと。 「おいバジー。お前の飼い主、基本変なヤツだけど、たまにすんごい変になるよな?」 ワケもわからず途方にくれたオレは、そのへんのガードレールに軽くもたれながら、淋しくも犬に話しかけて彼女がいない間をつなぐこととなった。 そして、数分後。 「なーにやってんのよ」 オレがしゃがみこんでワンコと戯れているところに、戻ってきた香月チャンは呆れ返ったように声をかけた。 よっと掛け声を掛け、その場に立ち上がりながら、 「何って、香月チャンが勝手にどっか行くから……って、」 リードを手渡そうと、視線を顔から手元へと移したオレの目に見えたのは、鮮やかな2つのオレンジ。 「ほら」 「や、え、」 「いーから、ほら!」 言ってリードを引ったくり、代わりのようにオレンジの花を握らせる。 「おい、香月!」 「じゃあね!」 一方的に言い放つと、香月は犬を引き連れて素早くその場を立ち去ってしまった。 残されたオレはと言えば。 「……どーいう意味で受け取ればいいワケ? コレ」 不意打ちで浴びせられたパンチに、しばらく頭を悩ませていた。 その意味を、オレは1週間後に知ることとなる。 * * * 一週間後。 席につき、英語の教科書やらなにやらを机の中に移そうとすると。 見覚えのない白い封筒が、1枚。 自慢じゃないが、転校してきてこの方、告白の類は直接的・間接的問わず何度か受けてきたせいもあり、コレもその類かと、裏を見るが。 名前が、ない。 表はともかく、差出人すらも。 怪しい。これはむしろイヤガラセか何かかと、恐る恐る開けてみると。 中から出てきたのは、押し花を添えた手作りの栞。 「っくくくくくく」 一瞬呆気にとられたオレは、すぐに笑い声をあげていた。それも、普段教室で見せているようなヤツではない、素の笑みを。 それに気づいた何人かは、驚いたような目でコッチを見ていたけれど、そんなもんどーでもよかった。 栞の真ん中に置かれた、1枚のピンクの花びら。 そう、それは、オレの誕生日にオレが買った、あのチューリップの花びらと同じものだった。 そしてようやく、あの日の香月の突然の行動が全て、合致する。 あの時だ。きっと、右手が花束を掠めた、あの時。 その拍子に、この花びらは落ちて。 香月は、それを見ていて。拾って。 そして。 「……参った」 小さく漏らした声は、恐らく誰にも聞き取れなかっただろう。 イスに浅く座り、だらしなく足をほうりながら、左手で前髪をクシャリと押さえる。 コレだから止められないんだよな、コイツかまうの。 コレと花のお礼も兼ねて一発派手な挨拶でもかましてやろうかと、まだ空席の彼女の席を見つめ、密かに笑った。 (Happy Birthday,Taishin !) |