放課後。 ついさっきまでのHRのにぎやかさが、嘘のように静まり返った教室内。 日誌の記入に窓の戸締りなどという、地味〜な雑用を黙々とこなす少女が一人。 いつの時代も、美人は虐げられるモンなのよねっ!
ROUND 1. 『転校生、現る』 2
「はい、おしまいっと」 キュポっと間抜けな音を立てペンのキャップを元に戻すと、大きく伸びをひとつ。 肩やら肘やら首やらから、何やらすんごい音がしたよーな気もしますが。 きっと気のせい。えぇ、気のせいったら気のせいです。 ピチピチの17歳が老体なわきゃないでしょう、そうでしょう、アハハ。 薄っぺらい日誌を閉じて、最後の点検、戸締りをするという名目のもと、窓際へ逃亡。 一人教室に残って、文句ひとつ零さずに雑用をこなすあたし。 あぁ、なんて健気な! え? たまたま樋川少年がいないからだろ? わかってないわね〜、だからこそ教室内で『悲劇のヒロイン』にひたってンじゃないの! と言っても、声に出してるワケじゃないけどね。 誰もいないからって、油断大敵。 だいたいそーいう時に限って、タチの悪い奴が出てくんだから。 ふふん、同じ轍は踏まないわよ! ……っと、そんなこんなで戸締り完了。 後は黒板に出席人数記入するだけだし、ボヤきは後にして帰るとしますか。 学校指定の紺のバッグを肩にかければ、ちょっと大きい、キーホルダー型のぬいぐるみがぷらぷら揺れる。 17の誕生日。 朝起きると、バッグにコレがぶらさがっていた。 ワケがわからず首を傾げていたあたしにかけられた、我が親愛なる弟君からの『オメデトー』というコトバから推測するに、これはたぶん、というか絶対にアイツからのプレゼントなのだが。 ──ニワトリの着ぐるみ被ってるヒヨコのぬいぐるみって、何ですか? や、確かにカワイイけど。 あからさまな悪意を感じるのはあたしだけですか? 日頃の生活態度に対する間接的な苦言か!? や、むしろ直球ど真ん中の嫌味!? あぁ、どちらにしても、確実に言えるのは善意じゃないっつ〜コトだけじゃん! くそぅ、あんの小悪魔メガネがーっ! などとあたしが思ったかどうかは、皆サマの良心に判断を委ねるとして。 揺れるヒヨコの顔を、人差し指で2、3度つっつく。 まぁ、何だかんだ言いつつこうして付けてるのは、少なからず自分でも似てるなーって思っているからで。 それすら見越した上でのチョイスだったんじゃ、と不安に駆られるのですが。 ……我が弟ながらコワイ奴め。(本人の前じゃ死んでも言えないケド) 「あれ? 委員長サン?」 おぉっと、モノローグに浸りすぎた。ってあら、誰かと思えば転校生クンじゃない。 「どうしたの? こんな時間まで」 スイッチングは、当然のごとく完璧に。 定番の女神スマイルに、小さく首を傾げるサービス付で、教室の出入り口付近に佇む彼にあたしは逆に問いかけた。 「あーオレ校舎内見学してたんだ。一回センセに案内されたんだけど、イマイチよくわかんなくてサ」 そう言葉を結び、照れ隠しするようなはにかみを見せる転校生クン。 うっわ、コレ素なの? 探せばいるのね、天然モテ男。 少し先の未来に現実になるだろう、甘い匂いを撒き散らして半ケモノ化した女子に囲まれる、転校生クンを想像する。 今年のバレンタインは彼の時代だね、確実に。 「そうだったんだ。わたしでよければ案内したのに」 そんな分析結果など微塵も見せず、外ヅラ全開で対応するあたし。 「いや〜やっぱり一人のほうがおもしろいから。それに、そんな用事で委員長サン付き合わせるのも気ィひけるし。……委員長サンは? 何してんの?」 こちらに近づきながら、転校生クン。 「ちょっとした雑用を、ね。いつもは樋川君と一緒なんだけど、彼、今日ははずせない用事があったから」 クスリとイタズラを思いついたような微笑を零し、先を繋げる。 「でも、もう帰るところなんだけどね」 日誌を持っていない逆の手で、軽くそえるようにバッグをたたく。 「そか。大変だね〜委員長も。……あ、そういやさっき、ありがと」 「え?」 突然のお礼に素で戸惑う。あたし、何かしたっけ? 「ほら、HRで女子に囲まれてた時。助けてくれたの、委員長サンもでしょ? 『おつかれサマ』って樋川に言ってたし」 あ〜アレか。すっかり忘れてましたよ。 「しょーじき、結構困ってたからかなり助かったんだよね。ありがと」 ニカッと人懐っこい笑みを浮かべてくる転校生クンに、あたしはゆるゆると首を振り、 「いいのいいの。大したことじゃないし」 と返す。 むしろ、『キミの名前を樋川少年から聞きそびれて悔やんでた』とは言エマセン。 「でも、すっかり樋川君とは打ち解けたみたいだね」 「へ?」 面食らったような顔つきの彼に、再び例の『イタズラ』スマイルを浮かべる。 「名前。苗字で呼び捨てにしてるから。わたしも苗字でいいよ? そのほうが呼びやすいでしょ?」 席を離れ、机の迷路をゆっくりと抜けながら、少しづつ彼へと近づく。 とりあえず、名前をどーにか聞き出さないとね。 モチロン、さっきの『苗字でいいよ』はそのための布石である。 「……アイザワ?」 「うん。そう」 確かめるように苗字を紡ぎ、じっとコチラを見つめてくる転校生クン。 なになに? まさかもうあたしの可憐さにやられちゃったとか? なーんてバカ言ってないで、名前名前。 「カヅキって言うんだっけ? 下の名前」 「そう。珍しいでしょ?」 ウチの家族、ほとんどこんな源氏名のよーな名前なのよね。お母さん以外。 というより、ママンがふっつ〜の名前で、珍しい名前にアコガレてたから何だけど。ただ単に。 さすがに他の候補が『夏音[カノン]』だったって聞いた時はあせったけど。 頼むからもーちょっと考えてよ、お母さん。人選ぶから。そーいう名前は。 って、何であたしの名前ネタになってんの! 違うでしょーが。 「……や。そーでもないんじゃない?」 「そ?」 珍しい反応ではあるけど、今はスルー。 さてはて、どうやって自然に話の流れを持ってくか。 「知り合いでいるんだ。おんなじ名前。」 その台詞に、話の展開を組み立て始めていたあたしの意識が、一瞬それた。 「……え?」 放課後。教室。一人で居残り。 冷静に思い返せば。 あたしにとって、これほど鬼門なシチュエーションなどなかったというのに。 俯き加減に微笑んでいたせいで、あたしは気づかなかった。 転校生クンが、あたしに影を落とすほどに、傍に、来ていたことに。 |