「あいー。枕ピンクとオレンジどっちがいいー?」



部屋の入口で、ピンクと白のボーダー模様の枕と淡いオレンジのチェック柄の枕、それぞれを片手に持ちながら佇む依子。
その視線の先ではハブラシを咥えたままの藍が、ひょっこりと顔だけを出す格好でこちらを見ていた。





tomorrow night birthday





「ふぁ〜。依子のベッドって大きいからいいよね〜」


早々とベッドに潜りこんだ藍の動きに合わせて、掛け布団がもぞもぞと波打つ。
ベージュ地に数色のストライプが入ったその掛け布団は彼女の頭までをすっぽりと覆っていて、声をくぐもったものに変えている。
回転式のイスに座りハンドクリームを塗っていた依子は、ベッドの様子を横目で見やり、たった今までお尻の下に敷いていたクッションをその膨らみへと容赦なく投げつけた。


「わ?」
「毎回毎回ヒトん家のベッド荒らすなっての」
「だってわたしいつも布団だから。ほら、二段ベッド見ると絶対上の段に登りたくなるでしょ?」
「小学生じゃないんだからさ」


ようやく顔を出し、へらりと笑う藍を見て、依子はため息をこぼしながら呟いた。




藍が高城家に泊まりにくることは、そう珍しいことではない。
高一の頃、藍の誕生日が夏休みということもあり、彼女の誕生祝いを兼ねたお泊りパーティーを二人で開いてからというもの、長期休みやお互い話がしたい時には、都合をつけてどちらかの家でお泊りをしているのだ。
今年になって、お互い部活でも中心メンバーになったり、クラス替えで違うクラスになってしまったりと、なかなか一緒に過ごす時間が減った二人だが、それでもこのお泊りは気軽に行っていた。
泊りに来ることは、必ずしも楽しむためではないことも、無論あるのだけれど。





依子はつい最近のその様子を思い出したが、視線を落としながら両手を丁寧に擦り合わせることでそれを誤魔化した。


「それで、昨日は本田先輩とはどうだった? ステキな誕生日を過ごしましたか〜?」


うつぶせになってベッドに両肘をつき、組んだ指先の上にシュッと引き締まった顎を乗せて、藍は無邪気に問いかけた。
依子の彼氏である本田勝猛[ホンダ・カツタケ]は、その猛々しい名の如く<猛将>として近隣校に名を轟かせる、現男子バレー部部長である。一つ年上の彼と、依子は高一の秋から付き合っていた。
ハンドクリームのフタを締め、勉強机の隣にならぶ本棚の上、マニュキアやヘアスプレーが並ぶカゴにそれを片した依子は、彼女の顔を見てニヤリと笑った。


「当然」
「わー出た! くっそーわたしにも少しは分けろ〜〜〜」


上半身を起こし、先程投げられたクッションを投げ返す。
緩やかな弧を描いてむかってきたクッションを、依子は軽くキャッチした。


「ごっめんなさーい? 今あたしぃー幸せ絶好調だからぁー?」


それを元の場所に戻した依子は、鎖骨あたりまである髪の毛先をくるくると指にからませながら、わざとらしい口調でベッドへとむかう。


「あははっ、似合わなーい!! そんな依子ありえないし!」
「あら失礼。これが地でしてよ?」
「うわ……。それのほうが、何て言うか、」
「『何て言うか』?」
「え゛、う、や、あの、」


すいっと細められる切れ長の瞳。
依子が発する不穏なオーラを感じ取った藍は、言葉を濁しながら目を泳がせる。
無論、それを彼女が見逃すはずもなく。


「天誅ーっっ!!」


ぬぅっと伸ばされた依子の手は、藍が布団に再度潜る寸前に彼女の両頬をむぎゅっと抓みあげた。
そのまま遠慮なく上下に小刻みに引っ張り上げる。


「いひゃひゃひゃひゃ(イタタタタ)」


藍は両手で頬を抓む手を離そうとするが、頬は掴んだままそれをことごとく避ける依子のせいで、彼女の両手は猫がじゃれる時のように宙を掻いたにすぎなかった。
眉間に皺を寄せ、痛みのせいかわずかに潤んだ瞳で、それでも抗議したそうに依子を睨み付ける藍。
しかし、そんなもので怯む依子ではない。


「あ〜いいわねこの角度。潤んだ瞳で見上げてくるパジャマ姿の藍。いい値でさばけそうよね〜♪」
「!! うりゅお(売るの)!?」
「おほほほほほ」
「ひゃめへ〜っっ(やめて〜っっ)!!」


右手を頬から離し、どこからか取り出した携帯を藍に構える依子。
さすがに友達は売らないだろうと思いつつも、あの目ならやりかねない、と藍の宙を掻く手がより激しさを増して、狙いを携帯に変える。
彼女の攻撃を軽くかわしながら、依子は素直な反応を楽しんでいた。
無論先程の言葉も、いい反応を返す藍をからかう為の冗談なのだが。
あまりに必死なその姿に、そーゆう風に思ってるのかオマエ、という思いが、「うふふふふふ」という不気味な笑いと共に携帯のボタンに添えていた親指に力を加えた。


マナーモードにしても消えない高音の撮影音が、部屋に響く。


「あぁあぁぁぁあ!?」
「ハイ、保存〜っと」


写真を撮るやいなやあっさりと左の頬も開放された。
未だ抓まれている感触がじんじんと残る頬を両手で押さえながら、藍は依子に視線を投げかける。


「ちょ、保存しないで! せめて画像くらい見せてよ!」
「だーいじょぶだいじょぶ。カワイく撮れてるから♪」
「そーいう問題じゃなーい!!」


本格的に携帯を取りにかかる藍に、依子はベッドを下りて距離をとる。
藍も下りようともぞもぞしているうちに、依子はちらちらと藍を窺いながらもその右手をなにやら素早く動かし続けている。


「え〜。じゃーあー、あたしへ一日遅れの誕生日プレゼントってコトで♪」
「昨日学校でちゃんとあげたでしょ!」
「や、分割払いみたいな」
「何のよ〜!!」


ジャンプにフェイント、挙句の果てには軽い追いかけっこにまで発展し、携帯を巡る攻防戦は熾烈さを増す。


そして。


「あ〜ぁ」
「写真写真、って、」


藍がようやく依子の携帯を奪った時に、その画面に浮かんでいたものは。





送信しました





呆然と、直立不動のまま固まっている藍を更に追い詰めたのは、宛先に記された2つの名前だった。





早瀬巧
佐久間裕哉





「よりこ〜〜〜〜〜っっ!!」


半分涙声になりながらの藍の叫び声に、さすがの依子も、少しだけやりすぎたかな、という思いに駆られた。
これが、最近の藍を見ていた彼女の、彼女なりの励ましだったのかどうかは、依子のみが知るところ。




彼女達の夜は、まだまだこれから。








オマケ


教室にて。

巧「はよ〜。あー高須賀ぁ」
藍「おはよ。何?」
巧「こ〜れ!」
藍「!! ちょ、なんで待ちうけに!!」
巧「いや〜パジャマ姿なんてレアな写真送られてきたらするだろ、男なら」
藍「やだもう消して消して!!」
巧「え〜。いいじゃん、カワイイのに」
藍「っ!!」
巧「……むしろ色っぽい?」
藍「!!!」
巧「いいもん回してくれるよなー高城も」
藍「(依子のバカー!!)」

* * *

隣の教室。

裕哉「高城」
依子「げっ」
裕哉「……いい度胸だ」
依子「あ、あらやだゴメンナサイ、オハヨウ佐久間クン」
裕哉「テメー散々逃げ回ってたってことは、何言われるかわかってんだろーな?」
依子「(うぐっ)な、何かな〜?」
裕哉「昨夜のアレ、何だおい」
依子「……お気に召さなかった?」
裕哉「そーいう問題じゃないだろうが」
依子「……(チッ、頭の固い)」
裕哉「お前、確信犯だろ?」
依子「……違います、愉快犯です」
裕哉「余計悪い」
依子「ホントは嬉しいクセに(ボソリ)」
裕哉「何か言ったか?」
依子「いーえ、なんにも!」

おわり。






( Happy Birthday,Yoriko ! )
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素材元 // MIYUKI PHOTO

06.03.03 // 07.07.16 加筆修正

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