「10!」
しゃがみこんだ床をパンッとはたきながらコールするのは、スポーツ刈りの頭に白いタオルを巻きつけた永田。
「や〜そこまでいかないでしょ、たかだか誕生日で」
と、モップにもたれながらやや釣り気味の目で永田を見るのは、葛西。
「あれ、ヒガミ? もしかしてヒガんじゃったりしちゃってんの??」
トレードマークのホクロがある口元をニヤリと歪ませ、畳み掛けるように葛西ににじり寄っていく、三門。
「カワイソウにな、葛西。大丈夫だ、世の中女が全てじゃないぞ。俺は貰ったけどな
無害そうな笑顔で見事トドメを刺したのが、バレー部1年西の横綱、大原。

朝練習の後片付けもそこそこに、バスケのゴール下には、ご覧のごとく男バレ1年の集団ができていた。





最後に笑うのは





「僻んでないしっ!」
「どっちでもいいから。んで? どーすんのよ、早くしないとアッチの用事終わっちゃうでしょうが」
姿勢を正して全面否定した葛西の言葉をあっさりと切り捨てたのは、バレー部1年東の横綱、マネージャー高城依子。
……何が横綱なのかは、推して知るべし。
そんな彼女の言葉と共に、ペンで指差したその先をつられて見れば。
そこには、体育館の出入口で頬を赤らめた女子生徒と、本日の主役であり、自分達のチームメイトである男の姿。
直後、男子4人は一様に顔を元の位置に戻し、はぁぁぁと、大きな大きなため息をついた。
「あれ、何人目だよ?」
「さぁて、ね」
「既に5,6人いってんじゃないの〜?」
「3人目」
部員の苗字やら数字やらが細かく書き込まれた紙をボードに挟みながら、視線も上げずに依子が答える。
「練習中に渡してくれって言われて断った分もカウントするともっと増えるけど?」
「はははは、さすが佐久間。スゴイ人気だなー」
相変わらずの表情で笑う大原。
「てかフコーヘーだ世の中ぁ〜っっ!!」
「叫ぶな永田。叫んだところで変わりゃしない」
タオルの上から頭を掻いて叫ぶ永田をどうどう、と宥める葛西。
「にしても、女子の並々なら〜ぬ意気込みには頭が下がるね〜、マジで」
気のない口調で、三門はほうっと息をつく。
「ダルイ喋り方でトゲ出すのヤメロっての! 背中が寒いから!」
「え〜?」
「『え〜?』じゃねぇよ! てかウチのモテ2トップのもう片方はどこ行ったんだよ? アイツの数も参考に……」

「呼んだ?」

永田の言葉に素晴らしいタイミングでひょっこりと顔を出したのは。
「いい度胸してるじゃないか、早瀬」
「そりゃどーも、大原サン」
「ありえない……」
「うっわムカツク、そこであっさりと返事しちゃうオマエがムカツク」
「あははーオレちょっと殺意わいたかもー」
「あははーまだ死にたくないかな、一応」

早瀬巧。

バレー部1年男子の中で、ある意味佐久間裕哉以上に女子の人気を背負う男である。
巧の登場で一段と話がそれていくのを感じた依子は、ここでようやく再度口を開く。
「いい加減にしないと佐久間にバレるわよ。そしたら動きづらいでしょーが。それとも」

ピラピラと、ボードの動きに合わせて挟まれた紙も音を立てる。
無論、それは。

「不参加でもいいけど?」

部活のデータ、などではなく。

「待て待て高城! 今、今決めっからもーちょい待って!」
「早瀬、どこ居たんだ今まで」
「あぁ、高城に頼まれて佐久間の足止め係にされてたワケ。でも全然出番なさそーだし戻って来た」
チラリと出入口に視線を向けて巧は苦笑する。
「タイヘンだねぇ。アイツも」
「うわ、それは何か? 嫌味か? 葛西に対する」
「オレかよ!?」
「あはははは〜葛西ちゃんドンマイ」
「励ますなっ!!」
「……で? 参考までにお前はどれくらいもらったんだ? 誕生日プレゼント」
じわりと不穏なオーラを醸しだしている依子に気づいてか、他3人を放置してちゃっかりと大原は巧に尋ねる。
「オレ? オレ21コ」
「「「はぁ!?」」」
「そういえばそのくらいいったか、高城?」
問いかけられ、依子は挟んでいた紙をめくる。
「……まぁ、細かなお菓子とかも含めれば、そのくらいになるわね。ちゃんとしたのでも13コ」
淡々と告げるのは、マネージャーに加えて同じクラスということで、これまで数々のイベントでの彼の状況を見てきたからか。
「ナゼに!?」
「あ〜早瀬は来るもの拒まずだもんね〜?」
「だって、せっかくくれるんだから、断ったりしたら悪くね?」
「言ってみたい! 一度でいいからそんな台詞!」
「コレをタラシだとどーして世の中の女子は思わないんだ?」
「まぁ、これじゃぁ佐久間の参考にはならないだろうな」
「あ〜アイツそのへん妙にシビアだもんね」
「……あれ? オレなんか批判されてる?」
「「「「モチロン」」」」
巧の言葉に4人は見事に声をそろえた。


「で、結局どーするよ?」
永田の一声に、すぐに反応したのは大原だった。
「じゃぁ俺は8で」
「え、早っ!」
聞いた本人がその速さに目を丸くする。
しかし大原は大して気にした様子もなく、冷静に分析結果を口にする。
「佐久間は受け取る人間を選別しそうだからな」
「にしても多い……」
「わー葛西ちゃん泣かないでー」
「泣くかっ!」
葛西の零れるように口をついたぼやきに、わざとらしく慰める三門。
それを更に律儀にも返す葛西は、それがイジられる原因だと気づいてはいないのだろう。
「ん〜じゃぁオレ22コで」
「いや、それありえないだろ」
三門の告げた数字に、またしても言葉を返すのは葛西だった。
「ま〜ないとは思うけどね。あのタラシの上を行って欲しいっていうオレのささやかな希望」
「失礼な! タラシじゃないって。誠意、アレは」
葛西の時には傍観を決め込む割に、自分の時には素早く訂正する巧。
「あ〜それは確かに」
「葛西まで言うか!」
「言いたくもなるっての。……じゃぁオレは0を希望」
「バカだっ! ココにバカがいる!!」
途端に食いつく永田に、葛西は顔をしかめる。
「うるせー! アイツは純情ボーイだってところを証明するんだオレは!」
「だからって0はねーって!」
「ハイハイ。もうちょっと声抑えるよーに」
ペンのキャップを外しながら、依子が注意する。
「大原が8、三門が22、葛西が0っと。……ラスト永田」
復唱し、紙に書き込んでいく彼女は、彼の名前を呼ぶと同時に顔も彼へとむけた。
「俺今月マジキビシイんだよな〜ホント。リアルにキビシイわけ。だから依子サン、哀れな俺に愛の手を」
「ムリ」
「おぉい! 即答かよっ!?」
彼女の答えにがくっとお笑い芸人のように肩を落としながら、それでも食いつく永田。
しかし当の依子はサラリと一言、
「当然」
と言い放つ。
その姿に他4人はそれぞれ好き勝手口にしていた。
「さすが高城。次期チーフマネージャー」
「あ〜そーなの?」
「高城しかいないだろう。これは、俺らの代はかなり厳しくなるな」
「いぃんじゃない? オレらも引き締まってサ……って、あ」
「「「あ?」」」
巧の不自然な言葉に、彼の視線の先を辿れば。


「ほぅ、随分と面白そうなことやってんじゃねぇか。俺も混ぜろよ」

「「……へ?」」


普段よりも一段と低い声とそのなんとも言えない気配に、依子と、彼女と言い合っていた永田が振り返ると。
「『佐久間誕生日企画☆プレゼントはいくつだ!?』」
張本人、佐久間裕哉が立っていた。
ふと気がつけば、他の4人は早々に退散していた。
今彼が読み上げたのは、まさしく依子が持っているボードに挟まれた紙に、大きく書かれたもので。

「あ、あはははははは……さらば高城っ!」

乾いた笑いを残して脱兎のごとくその場を立ち去る永田。
そんな彼を目で追うこともなく、裕哉はじぃっとただ一点を見つめる。
そう、依子の顔を。
「で?」
彼は静かに問いかける。眉間の皺をもいつも以上に深く刻んで。
「早瀬の時に言っといたよなぁ? 『俺の時にすんじゃねーぞ』って?」
しかし、依子は怯む様子も見せずに、ニッコリと微笑んだ。
「……なんだよ」
「誕生日プレゼント、いらないの?」
「あ? お前からなんてコッチから願い下げだっつーの」
その言葉に、依子は笑みを深める。
「ホントに?」
「しつこいんだよ。むしろその賭け止めろ」
「あたしのじゃ、ないんだけどな〜」
「あぁ?」
問いかけるように語尾をあげた裕哉に、依子はマネ道具の陰に置いてあったプレゼントを手にとった。
薄いグリーンの包装紙の合わせに挟まれた、バースデーカードを開くと。


『誕生日おめでと、佐久間。これからもヨロシク。 From 藍』


「そっかぁ〜、いらないんだ〜。残念だなぁ。今日具合悪くて来れないって言うからせっかく預かってきたのになぁ。あぁ、ざんね……」

パッ、と。

依子の手からプレゼントは消えた。
あっさりと彼がそのプレゼントを取れたことから、彼女が初めから渡す気でやっていたことなど言うまでもなく。
「あら? いらないんじゃなかったっけ?」
「……テメーのじゃねぇだろ」
酷く不服そうな顔つきそのまま、彼の口をついたのは相変わらずな言葉だった。
しかし普段ならば言い直させるその場面でも、依子は何も言わない。
それは、もちろん。

「わかってるわよね、佐久間?」

ニヤリ、と口元を歪めたその表情を見て、裕哉は彼女の言いたいことを悟った。
と、同時に、意識せず深いため息が出る。
「……好きにしろ」
「さっすが佐久間! 話わかるわね〜。あ、ハイこれ、あたしから。16歳オメデトー」
そう言って、ジャージのポケットから出したのは、受験で勝つともてはやされた、赤い箱のチョコレート菓子だった。
「……」
「さ〜て、早く教室行かなきゃね〜! あ、さっきオッケーだしたんだから、部活前にちゃんと何個貰ったか報告入れなさいよ!」
ペンをボードに挟み、マネ道具を肩からさげて、依子は意気揚々と出入口へとむかった。


最後に笑うのは、東の横綱。








オマケ
放課後。部室にて。

三門  「結局今回も高城の一人勝ち〜?」
早瀬  「うぅん、オレもオレも」
三門  「え〜何ソレ結局同じクラスのが有利ってことじゃ〜ん」
葛西  「でも早瀬の時、佐久間外れたよな?」
大原  「あれはピタリ賞はいなかっただろう。一番近かったのが高城だった筈だ」
三門  「にしても、マジで純情ボーイじゃん、佐っ久間〜」
佐久間 「……うるせぇよ」
大原  「まさか2個だけ貰ってあとは全部断るとはな。予想以上だ」
葛西  「2個貰ってりゃ充分だって。純情ボーイじゃアリマセン」
早瀬  「何々? 葛西自分0だったから拗ねてんの?」
葛西  「拗ねてないしっ! てか朝から何なんだよお前らは!」
三門  「今更ジャン」
早瀬  「そうそ」
大原  「……それにしても、やるな高城」
葛西  「アイツ裏工作でもしてんじゃねぇの?」
早瀬  「ないない、オレ確認済み」
三門  「まーさすが高城ってコトなんじゃない? もう部の将来は見えたね〜」
葛西  「……アイツの天下か」
早瀬  「げっ、本気で?」
大原  「だろうな」
佐久間 「……」
早瀬  「……アレ? そーいえば永田は?」
三門  「ご臨終してる」
葛西  「最初の被害者か……」

やはり、最後に笑うのは、彼女。






( Happy Birthday,Yuya ! )
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素材元 // MIYUKI PHOTO

06.02.11

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