あぁ、もし、そこの。
えぇそう、あんたのことですよ。先程から熱心にこの花を見つめてる。
あんた、ここらの人じゃないだろう?
この辺りの人間は、滅多にここに来ないからね。
あぁ、そうかい、東の人かい。なら珍しいだろうね。
こんなに紫苑が咲いてる場所は、他には滅多にないだろう。
え、アタシかい?
何をしてるでもないさ。
日がな一日、こうしてここでぼんやりと、お天道さんを眺めてるのさ。
家にいたって爺が一人いるだけで、だぁれも来やぁせんからね。
ここらじゃもう、知り合いはみぃんな行っちまった。淋しいもんさ。
何処へだって?
お若いの、アンタの頭は飾りかい?
爺ぃ婆ぁの行くとこなんざ、家かあの世に決まってんだろう。
あぁあぁ、そんなに縮こまらないでくんないよ。まるでアタシがいじめたみたいじゃないか。
ん?
あんた、絵描きなのかい?
そうかいそうかい。
どうにもこの場所は、そういう人間を引き付ける所のようだねぇ。
いやね、此処はちょっと曰くつきの場所なのさ。
もしかしたら、あんたのような人間を、呼び寄せてるのかもしれないね。
お若いの。
ここで絵を描くつもりなら、その片手間に、この婆ぁの相手をしてはくれんかね。
なぁに、大したことじゃぁない。あんたはただ、絵を描いていりゃあいいのさ。
説教なんかしやしないよ。
暇な婆ぁが勝手に話をするだけさ。
ただ、その話がね。アンタの絵の足しになるんじゃないかと思ってね。
え?
あぁ安心しなよ。婆ぁの身の上話じゃないよ。
そんなもん、犬も食っちゃぁくれないだろう?
曰くつきって言っただろ?
あぁ、そうだよ。その曰くをさ、聞かせてやろうと思ってね。
もちろん嫌ならそれで構わんよ。
しわがれた声を聞きながらじゃあ、描けるもんも描けなくなるといけないからね。
そうかい。付き合ってくれるかい。ありがたいねぇ。
それじゃぁひとつ、古い古い昔話でもしようかね。
これはそう、峠を埋めるこの花が、まだ一本も咲いてなかった頃の話さ。







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10.04.14


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