日に透けて、金にも見える柔らかな髪。 シルバーフレームのその奥は、くっきり二重に焦げ茶の瞳。 ムカつくほどに長いマツゲは、伏せれば影を落とすほど。 ひとたび歩けば、振り向く男女数知れず。 だけど、皆サマ? ……勘違いしちゃあ、いけません。
ROUND 1. 『転校生、現る』 4
「……で?」 「……」 「……悪から無事生還したとかなんとかっていう、そんなくっだらない話をするためだけに、僕の貴重な時間を奪ったんじゃあないよね?」 ひ、ひぃぃぃっ! ぼ、『僕』とか言ってる! しかもニッコリ微笑んでるぅぅ!! 「香月、顔ひきつってる」 そんなハズはっ!? その一言にすぐさま反応、顔を確認すべく鏡を探しに立ち上がろうとする。が。 バヂンッ 「ぎゃっっ!?」 い、痛ひ、デコが痛ひ…… 「嘘だよ、嘘。さすがにそのムダに分厚い外ヅラは動いてないよ。まぁ、今ので顔がひきつってもおかしくないよーなコト考えてたのはバレバレだけど」 人様のおでこにデコピンくらわした右手をプラプラさせながら、悪びれる様子などツメの甘皮ほども見せずに言ってのけるコイツ。 「ちょっとぉ!? アンタ言葉の端々にトゲ含ませんのやめなさいよ! もうちょっとお姉サマを敬いなさい!」 「コレのどこを敬えと……?」 「溜め息つきながら即答すんな!!」 「つ〜か声でかすぎ。そんな大声出さなくても聞こえるし」 「!!」 きぃぃぃっ、ムカツク!! コイツと喧嘩してるとエンドレスになるしストレス溜まる一方だっつの! この毒舌家めっ! え? あぁ、コイツ? この目の前にいる毒舌メガネは、何を隠そうあたしの弟。 ひとつ下だけど学校が違うから、あまり……というか、学校の皆サマにはほとんど知られてない。 「学校でまで香月の面倒見たくなかったんだよ」 何か聞こえましたが、スルーの方向で。 母親譲りのその容姿は、抑えて言えば『整った』、直球ならば『女顔』、地雷を踏めば『超カワイイ』。 小柄で細身のせいか、女に間違われること多数。 淡い夢にも似た勘違いヤロー共(誘拐犯含む)をことごとく撃沈してきたその毒舌の威力の程は、推して知るべし。 とは言えまぁ、小学校の頃は、その毒舌に助けられてきたのも事実なのですが。 「昔のほうが性格は良かったんじゃないの? 『お姉サマ』?」 コホン。 えぇっと、何やら雑音が。 中学も後半くらいから、急にあたしにも冷たいのよね。ぐすん、反抗期かしら。 口でもすぐ負けるし。しかも絶対口ゲンカの時体感温度5℃は下がってるから! 去年中学卒業でアンタの学ランのボタン奪っていったコ達に、この姿を見せてやりたいわ! でもって、実はこのメガネは女顔対策なんだってことを大声でバラしてやりたいっ! 「別に、香月と違って俺は普段からこうだから問題ないけど? あ、でもメガネはそれ相応の対策を考えるかなぁ」 ニッコリ。 ……。 「スミマセン、あたしが悪うゴザイマシタ」 そう、それはまるで、天使のような微笑みで。 でも、あたしの背筋に悪寒をはしらせるのに充分な威力を持っていた。 「何のことだか」 ウソをつけ、ウソを!! 口元うすら笑いに変わってるじゃん、この確信犯め! うぅ、でもでも、こうなったらもう泣く泣く降参、引き下がるしかないのです。あぁ、不憫なあたし! 昔はもっと素直でイイコだったのに……。 ──はい、そこでお前の影響じゃ……? って思った人!! それは違う! 断じて違いますっ!! 「……その調子でずっとモノローグ飛ばしてるつもりなら、俺下行くけど?」 「あぁぁぁぁぁぁ、待って待って!! だからね、えっと……どこまで話したっけ?」 あたしの顔に、呆れたような(いや、コイツのことだから完っ璧呆れてるんだろうけど)目が向けられる。 「これだから馬鹿は……」 「ちょっ、元・馬鹿! そこ間違えないでよっ!」 今は学年1位をキープしてんだから! 昔はどうだったか? ……努力ってやっぱり大事よね!(女神スマイル) 「ハイハイ。で、悪から逃げのびたとこまでは聞いたけど?」 くそぅ! さりげなく流しやがったなコイツ!! あぁ、でも言ったらまた倍返しになるし、堪えろあたしっ!! ひきつる表情のその上に、自慢のツラの皮を貼っ付ける。 あたしの思考回路まで筒抜けのコイツのこと、こんな二番煎じじゃ意味ないだろーけども。 「だからね、明日からど〜しようかなって思って、冬馬クンに相談してるワケですよ」 そう! だいぶ本題からずれてたけれど、あたしは冬馬にあの天敵(名前でなんぞ呼ぶものか!)の対処法について相談していたのだ! 途中本気で忘れてたけどね! ……あの後。 脳ミソが完全ショートした状態で、それでも本能のまま、辛くも教室から、そして奴の手から逃げのびたあたしが真っ先にしたことは、クローゼットの最奥に封殺していた、小学校の卒アルを引っ張り出すことだった。 理由? 敵と戦うにはまず敵の素性を見極めなきゃでしょう! 二度と開くことはないと思っていたそれを手に、不覚にも茫然自失状態に陥っていたあたしに届いたのは、淡々とした低い声。 そうして、我が参謀・弟の冬馬に泣きついて今に至るというワケである。 いやぁあの瞬間、冬馬が天使に見えたんだから、相当追い詰められてたな、あたし。 まぁ、それはともかく。 学校は今日から始まるワケで。 あたしと奴との戦いは、これからが本番。明日から奴がどんな手でくるのかわかんないけど、コッチだって前もって備えて撃退してやるんだから! 「ハイハイ、そこで決意表明してないで」 おぉっといけない。ココで冬馬の機嫌損ねて逃げられたら、あたしの明日はどぶ色だ。 「香月はさ、ど〜したいワケ? このまま隠し通すの? それとも元永……」 「だぁぁぁぁっっ!! 名前言わないで! 冬馬の口とあたしの耳が汚れるっ! あんなのは『アレ』とか『ソレ』とか、代名詞で充分よ!」 あたしの拒絶反応の大きさに驚いたのか、少しだけ目を丸くする冬馬。 「すっごい言いよう。……じゃ、まぁ、名前は呼ばないけど。ソイツと自分が同級生だってのは、認めないの?」 「あったりまえでしょぉ!? あたしが今の『あたし』になるまでどれだけの苦労と努力をしてきたと思ってンの!」 顔よし、頭よし、スポーツよし、おまけに性格よしとまぁ四拍子揃った理想の女のコ像を作り上げてきたあたしが、あんな奴の出現で今更それを台無しにされてたまるかっての! 「確かに。死に物狂いを実写版で映像化するとこんなカンジなんだなっていう凄まじさだったコトは、俺もわかってるけどね」 あの頃と言えば、冬馬と一緒にいればすぐ、『似ていない姉弟』と言われた頃だった。 その意味を正確に理解できていたあたしよりも、理解していない冬馬が、それでも雰囲気を感じ取って、その口撃(毒舌の攻撃)を駆使していたのを思い出す。 「でももう小学生じゃないんだからさ。何かしてくるってコトはないんじゃないの?」 うっすらと色の褪せた思い出に漬かりかけていたあたしは、その言葉に引き戻された。 いやいやいや! 「だって、自らカミングアウトしてきたのよアイツ! しかも、教室での爽やかっぷりはどこに行った!? っていう勢いで態度豹変して!」 眼前に迫った、あの人を食ったような、口元を歪めた笑い! あれが悪意を持たない奴のする笑いであるものか! あるわきゃない! あ〜〜〜〜〜、思い出しただけで頭沸騰してきたっ! 「……わかったから。その黒いオーラさっさとしまって」 なんかこう、フツフツと湧いてきているのだが、冬馬にぶつけるのは見当違い。 これはそう、来るべき戦いの時に思いっきりぶつけてやるんだから! グッと彼方に決意のガッツポーズ。 慣れた冬馬は、それでも横目でそれを見て、わざとらしく嘆息する。 わかりました! もう戻りますから! 「とにかく! 奴はあたしに宣戦布告してきたのよ! それだけは間違いない!」 「ま、真意はどうあれ、対策だけは講じておこうか。しょーがないから」 「冬馬!!」 胸の前で祈るように手を組み、キラキラした視線を送る。 途端に、シルバーフレームの上の眉間に、皺。 「キモチワル」 いつもはカチンとくる暴言すらも、天使のコトバと思えば笑顔で流せるというものだ。 準備は万全、戦闘前夜。 あーんなエセ爽やか男、返り討ちにしてやるわ! |