全ての始まりは、どこにでもあるごくフツーの出来事だった。
ただその出来事が、あたしにとっては、神サマの極度のイヤガラセとしか思えないような出来事だった。ただそれだけだ。
それこそ、普段は温和なあたしが、『だぁれが偶然ですましてやるかこんにゃろ!!』と思わず暴言を吐いてしまうくらいには。
もしも。
もしもあのとき、あたしに神サマが見えていたら。


迷うことなく、殴り倒していただろう。



ROUND 1. 『転校生、現る』 1   




夏の暑さも和らぎ始めた9月。
久しぶりの学校では、ベタな展開が繰り広げられていた。

「転校生を紹介するぞ〜」

やる気のカケラもないような間延びした口調。
我らがF組の担任、寺島輝元[テラシマ・テルモト]、通称『てっちゃん』(苗字と名前どちらからとっているかは謎)のその言葉に、教室内はにわかにざわめきだつ。
いやいや、みんななかなか律儀なリアクションするなー。
同級生の反応をどこか遠巻きに見つめながら、あたしは一人苦笑する。
季節はずれの転校生、とくれば、期待するのはただひとつ!!
『転校生』のセオリー、美形サンの登場!
……なんぞ当然論外、むしろ期待に胸ふくらませた少年少女たちの心をズッタズタに引き裂く転校生の登場! それのみであるっっ!!
イマドキの女子高生にしては、あたしってばなんて無欲なのかしら!
……えっ? 性格歪んでるって? 余計なお世話だっての!
いいじゃない? 平凡な毎日にささやかな刺激を求めるくらい。別に誰に迷惑かけてるワケでもないし。
こんなもん一般の女子高生に比べたらカワイイもんよ!
マンガみたいな美少年、美少女の登場のほうが少ないけど、そんなのおもしろみのカケラもないし。
やっぱりあたしとしては、自分の希望がぜひともかなってほしいのよねぇ。
……とまぁこれ以上本性さらすと皆サマどんびきしそうなんで(笑)、今現在の状況にでも戻ってみましょ。
いつの間にやら教壇の前に立っているのがウワサの転校生。
名前は……ヤバッ、聞きそびれた。性別? モチロン男。
しかもまた結構なイケ面で。部類としてはスポーツ系爽やかイケ面タイプ。
まっ、一番モテるタイプでしょ。現にもう何人かの女のコはすでに瞳をハートに輝かせてるし。
フッ、人間観察ウン十年のこのあた……

「逢沢ぁ〜、それに樋川[トイカワ]も〜、ちょっと立ってくれるかぁ」

ったく、これからいいとこだっつ〜のに。
不完全燃焼のモノローグに不満があるけど、まぁ仕方がない。
あたしは素直にその場に起立する。
「え〜っと、この二人がうちの正副委員だから。まぁ〜何かあったら、この二人がなんとかしてくれるだろ」
本気でなぁなぁだなぁオイ。まぁいつもだけど。
てっちゃんの相変わらずなだるだるの台詞に、あたしは内心ため息をつく。
当然、オモテにはカケラほども出さないけど。
「副委員の樋川です。よろしく」
無表情で、淡々と言ってのける樋川少年。
こんなんだが彼、オモテに出すのが苦手なだけで、実はなかなかいいヒトである。
おまけに成績優秀、顔もそこそこ。モチロン、女子のポイント高し。
まぁ、誰かサンには敵いませんが?

「委員長の逢沢香月です。よろしくお願いします」

透けるような白い肌。凛とした姿勢。柔らかな微笑。まさに完全無欠のフル装備。
……あたしの名前は只今のとおり。
逢沢香月。
知性と美貌を兼ね備えた、花もたじろぐ17歳。
自分で言うなって? こーいう性格なんでご了承下さい♪


案の定、というかなんというか。
例の転校生クンの周りには女子の人だかりができていた。
担任はどーしたかと言えば、配布資料を忘れて教務室へと戻っている。
「前はどこに住んでたの〜??」
「部活なになに?」
「カノジョいるの〜?」
あたりを飛び交う黄色い声。
彼の様子は見えないものの、キャピキャピした声が響いている辺り、ちゃんとした受け答えをしているようである。
笑顔の裏では煮えたぎってんだろーなー、オンナの情念が。おぉコワ。
視界の端にひっかかる光景に、あたしは密かに息をついた。
「逢沢?」
突如上から降ってくる声。
あたしは即座に頭を切り替える。
あたしを苗字で呼び捨てにするのは彼だけだ。見なくても誰かはすぐにわかった。
「樋川君。なに?」
視線を動かしながら笑顔で応対。我ながら慣れたモンだ。
「俺、今日の放課後残れないんだ。申し訳ないんだけど……」
言い濁す樋川少年。キミ、ほんとイイヒトだよ。うん。

『お〜逢沢ぁ〜、樋川ぁ〜。二学期も戸締りと黒板の欠席記入頼むわぁ。俺進路とかで忙しくてなぁ』

とは、教室を出がけにてっちゃんが言った台詞だ。
こんなこと言って、奴が『美人英語教師』と男共に大人気の、園田真理恵先生、通称まりりんと、談笑してるだけだということを知っている。
ヒトに雑用やらせといて何してんだ自分、と内心思わなくもなくはなく、いやむしろ思いながらも、既に一学期がそうだったこともあって承知したのだが。
それをわざわざ断りを入れてくるなんて、樋川少年! アンタいい男だよっ!
などと心の中で絶叫しながら、あたしは少し悪戯っぽい笑みを浮かべた。
手を口元に副えて、小さく呟く。
「……もしかして、カノジョとデート?」
「……悪い」
バツの悪そうに視線を泳がせ、口をついた言葉は謝罪。
どこまでもイイヒトだ。
あたしは直ぐに首を振る。
「全然。どうせすぐに終わる仕事だし。むしろ悪いのはてっちゃん」
「……それは確かに」
「でしょ? だから気にしないで」
「悪いな」
「いえいえ。任せてください」
そう言って、普段の微笑みで最後を締める。
や〜あたしってば負けず劣らずイイヒトじゃない?
「……にしても、スゴイな女子は」
樋川少年の声に、少し呆れたような響きを聞き取り首を傾げる。
まぁ、何について言ってるのかは想像つくけど。
フイッとそらされた視線を辿れば、そこにはあたしがさっきまで見ていた女子の群れ。
「わからなくはないけど、ね。……助太刀、してくるわ」
苦笑して立ち上がろうとするが、樋川少年がそれを押しとどめる。
「いや、俺が行くから」
そう言ってすぐにそちらへむかう彼。
モチロン、最初からそのつもりで言ったんだけど。
にしても、やっぱりいい男だわ、樋川少年。どうしていい男にフリーはいないのかしら!
ぼんやりとそちらを見ながら思考にふけるあたし。
女子の波がキレイに割れ、一瞬見える黒い学ラン。
二言、三言樋川少年が話をすると、あっさりと女子の山は散っていった。
侮れないわね。絶対女子の扱い方わかってるわ、少年。
ふいに、コチラを向いた樋川少年がわずかに口元を緩める。
あたしは小さく『おつかれサマ』と口パクで応えた。
少年に釣られたのか、転校生クンまでが顔を覗かせる。
あたしはただ微笑を残して、視線をずらした。

あ〜、さっきどさくさに紛れて転校生クンの名前、樋川少年に聞いとけばよかったなぁ

という、反省をしながら。








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05.10.27 // 加筆修正 05.10.31



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